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マンハッタン計画の科学者らは、爆破加工に用いられていた爆薬レンズを応用し、燃焼速度の速い火薬と遅い火薬を組み合わせる方法を考えた。 球形のプルトニウムの周囲を火薬で包むという構造は同じだが、前述のように点火位置に近いプルトニウムだけ先に衝撃が伝わる事を防ぐために、遅い火薬をコブ状に追加した。これにより、点火位置の近くで先に伝わってしまう圧縮力が、速度の遅い火薬のコブで減速され、少し遅れてプルトニウムに到達するようになる。逆に、点火から離れた位置では速い火薬が多くなっているため、圧縮力が高速で伝わるようになり、球形のプルトニウムの全ての位置で、圧縮力と伝わるタイミングが一致するようになった。 この圧縮力の伝わり方がレンズの中の光に似ているため、爆縮レンズと呼ばれた。 爆縮レンズの構造 世界初の原子爆弾、ガジェット(Gadget)。複数の点火装置に伸びるケーブルが見える開発に至るまでは火薬の燃焼速度等、様々な条件が一致することが求められ、当時の火薬学で用いられていたCJ理論では取り扱えないほど精密な計算を要求されたため、新たにジョン・フォン・ノイマンらによってZND理論が開発された。 ZNDモデルでは先行する衝撃波は不連続面として扱われるが、双曲型偏微分方程式を差分近似で数値的に解こうとすると衝撃波の不連続面は特異点になってそこで解が発散してしまい計算することが出来なくなってしまう。そこでジョン・フォン・ノイマンは人工粘性の概念を取り入れることで上放物型偏微分方程式の差分近似に置き換えて計算することに成功した。その結果、曲がりなりにも衝撃波の数値計算ができるようになった。しかし、ZND理論は大変に複雑で膨大な計算を要したため1940年代当時のロスアラモス研究所に集められたジョン・フォン・ノイマンらの数学者達の手によっても、優に10ヶ月以上の時間を要した。当時は、コンピュータが無かったためである。 計算の結果、点火装置の数と、それに応じるように配置された火薬のコブは、原子爆弾一つにつき32個が最適であると結論された。しかし、当時の起爆装置では32個の雷管を同時起爆する際に生じる誤差をナノ秒単位に収めることが出来なかった。そのため、新しく起爆電橋線型雷管が開発された。 原子爆弾が32面体(切頂二十面体)の構造を取ることは当然機密であったが、マンハッタン計画に参加した科学者の一部は、将来アメリカが核を独占する世界になることを恐れて、これらの情報をソビエト連邦に流した。ソビエト連邦はこれを基に第二次世界大戦後すぐに原子爆弾の開発を始め、スパイや共産主義思想を持つアメリカ科学者などからの継続的な技術情報の提供を受けながら4年後の1949年8月29日に核実験を行った。 その後も爆縮レンズの構造は機密扱いであり、トリニティ核実験の映像なども一部がカットされた状態で公開されていた。 最初の爆縮式原爆であるファットマンでは爆縮レンズの爆薬だけで2500キロにもなり重量の半分以上を占め、直径は137.8センチと大きく原爆が大型化する最大の原因になっていた。 このため、後年では爆縮レンズの小型化が重要な課題となり、様々な方法によって最終的には直径30センチに収まるほどにまで小型化されている。 爆縮レンズは極めて高度な技術であると認識されている。単純な爆発の同期、圧力の均一化だけが問題なのではなく、入手できるプルトニウムに最適化された圧力(そしてプルトニウム側でも意図的に「す」を作らねばならないなどのノウハウ)が必要であるため、他国の設計や装置の単純な流用も困難である。インドに続いて2006年に非先進国の北朝鮮がプルトニウム型原爆実験を行ったが、それが効率的な爆縮レンズの設計の成功や小型化の実証には直結しない。 爆心地とは、狭義には原子爆弾等の先物取引 の爆発の中心地をさす。広義には強力な爆弾の爆発の中心地をさす。英語ではHypocenterもしくはground zeroと呼ばれる。 歴史上実際に人の住む都市に落とされたただ2つの原爆、広島県広島市・長崎県長崎市のそれを爆心地と呼ぶことが多い。また、原水爆の地上実験が行われていた時代にできた核クレーターの中心も爆心地とよばれる。 ground zeroの最近の意味の変化については、グラウンド・ゼロの記事を参照のこと。 被爆(ひばく)とは、爆撃によって被害を受けることである。通常は、直撃弾を受けるか、命中しなくても直接標的にされて攻撃された場合を指す。特に原子爆弾や水素爆弾によって被害を受けることを指すことが多い。 原子爆弾や水素爆弾の放射線の被害を受けることを「被爆」ということもあるが、こちらは厳密には「被曝」というのが正しい。用法には曖昧さもあるため、「被爆」と「被曝」の違いについては、『被曝#被曝と被爆』も参照のこと。 被爆を、原子爆弾や水素爆弾による被害に用いるのは、原爆被爆の略であるが、1945年以降の日本においては、通常、単に被爆といった場合は原爆被爆のことを指し、ほとんどの場合、原爆 の部分を省略する。被爆した人間を被爆者という。詳細は、被爆者の項目を参照のこと。 原爆での被爆は、大きく分けて直接被爆と間接被爆の2種類がある。 直接被爆は、原子爆弾が爆発した当時に爆心地付近にいて、原子爆弾による被害を受けた場合に使われる。建物の影などにいて直接光線や熱線を浴びていなくても、放射線は建造物を通過するので、この場合も直接被爆という。 間接被爆は、原子爆弾の爆発後、救護などのために爆心地付近に出入りしたために、放射能を帯びた付近の土壌や、放射性降下物(黒い雨や死の灰など)によって間接的に原子爆弾の被害を受けることをいう。間接被爆は直接、FX による攻撃を受けたわけではないが、この場合も被爆という。 一般的に「被爆」は核爆弾による被害を受ける事を指し、英語でも「Hibaku」は同じ意味で使われる。よく似た言葉に「被曝」があるが、こちらは放射能(放射線)にさらされた場合を指す(詳しくは『被曝』の項目を参照のこと)。厳密にいえば、核爆弾による直接攻撃を受けた者は「被爆者」、直接の被害は受けず、核爆発に伴う残留放射能を浴びた物は「被曝者」であるが、今日では便宜上最初の事例を「一次被爆者」、後の事例を「二次被爆者」と呼ぶことが多い。また人間だけでなく、被爆した建造物は「被爆建造物」と呼称されることもある。 核爆弾による被曝を受けると、直接的な外傷(火傷など)を受けるだけでなく、特に深刻な外傷が見られなくても頭髪の脱毛、皮下出血、歯茎からの出血、下痢や嘔吐など、慢性的な白血病や甲状腺がんなどを発症する割合が高くなる傾向が強い。これらの健康障害を特に原爆症という。原爆症の認定審査は厚生労働省の原子爆弾被爆者医療分科会が行っている。また胎児の時に被爆した者を「体内被爆者」、被爆者の子は「被爆二世」、その孫は「被爆三世」と呼ばれ、被曝による知的障害、身体障害、奇形児の発生が高くなり、遺伝的な健康障害が現れやすいと言われている。しかし被爆に伴う遺伝的影響については、未だ科学的な立証はされていない。2007年、日米共同機関放射線影響研究会は被爆二世による遺伝的な影響は見られないと発表したが、追跡調査も検討されている。 なお、日本の法律上の被爆者の定義は、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(被爆者援護法)に規定される被爆者健康手帳を交付された者をいう。